挑戦者が応援される社会を作るため、3つの「繋がり」で若い感性を支える【#わたしとキリン vol.7 塩野貴史】
キリン公式noteより(公開日2022年4月18日)
キリングループでは、「よろこびがつなぐ世界へ」というコーポレートスローガンを掲げています。そのために社員が大切にしているのが、「熱意、誠意、多様性」という3つの価値観。
これらをベースに、各自が大切にしている第4の価値観をミックスすることで、社内では新たな取り組みがたくさん生まれてきました。
そんな社員たちの取り組みから、多様な働き方を考えていく企画が「#わたしとキリン ~第4の価値観~」です。
第7回目に登場してもらうのは、キリンビバレッジの商品開発研究所に所属する塩野貴史。カフェインクリア製法の開発を担当し、2014年に世界初となるペットボトル入りカフェインゼロ緑茶飲料を実現しました。また、その技術が讃えられ、現役のキリン社員として初めて紫綬褒章を受章した研究員でもあります。
「いくら時間と想いを注いで作った商品でも、売れなければ市場から消えてしまうこと」にもどかしさを感じ、技術を社内外に伝えることで商品価値を高めていった塩野。
彼が仕事のなかで築いてきた第4の価値観には、自分を後押ししてくれた先輩たちへの感謝と、未来を託す後輩たちへのエールが詰まっていました。
―塩野さんが所属している「商品開発研究所」というのは、どのような部署なのでしょうか?
塩野:キリンビバレッジから発売される清涼飲料の商品開発を行う部署です。私がいるチームでは、キリンの基礎研究や技術開発の成果を、実際の商品に落とし込むための技術開発をしています。
―そこで作られた商品の1つが『キリン 生茶 デカフェ』なんですね。こちらは、どのようにして開発されたのでしょうか?
塩野:私はキリンビールに入社した後、麹菌を活用した酵素剤や機能性食品を開発する仕事をしていました。2008年にキリンビバレッジに異動してからは緑茶の商品開発担当になり、最初に担当した商品がカフェイン50%オフの『キリン やわらか生茶』という商品だったんですよね。
その後、より技術開発に力を入れるために、キリンビバレッジ内にコア技術研究所という組織が立ち上がりました。そこで、カフェイン除去技術の技術開発を始めたんです。
―カフェインゼロの飲み物には、どういった需要があったのでしょうか?
塩野:カフェインを避けたい理由としてよく言われているのは、「眠れなくなる」というものです。お茶やコーヒーが好きだけど、夜は飲まないようにしているというお客様の声が多くありました。
あとは、妊産婦さんや授乳期のお母さんですね。お子さんへの影響を懸念して、飲用を控えているという方も多かったんです。
そういった需要があるにも関わらず、当時はそのニーズに応えられる商品がありませんでした。そこで、カフェインを理由に飲用を控えている方たちにも安心して飲んでいただけるお茶を作りたいという想いが強くなりました。
緑茶の抽出液を分析する様子
塩野:『キリン やわらか生茶』では、抽出方法の工夫などでカフェイン量を低く抑えていましたが、おいしさを保つためには、50%オフが技術的な限界でした。
また、カフェインを除去するためには、茶葉からカフェインを洗い流す手法が一般的でしたが、この方法ではお茶の香りや味わいも損なわれるという課題があったんです。
―おいしさを保ちつつ、カフェインゼロのお茶を目指すためには新たな技術が必要だったんですね。
塩野:はい。そこで我々が開発したのがカフェインクリア製法という独自技術です。カフェインを選択的に吸着する天然由来の素材を見つけ、それをお茶に入れてカフェインを吸着・除去することで、おいしさを保ちながらカフェインを除去することに成功しました。
その技術によって誕生したのが、2014年の春に発売した『キリン やさしさ生茶カフェインゼロ』(2017年に『キリン 生茶 デカフェ』へ名称変更)という商品だったんです。
―『キリン やさしさ生茶カフェインゼロ』が出たときの、お客様からの反応はいかがでしたか?
塩野:発売以降、お客様相談室に寄せられたご意見を見させてもらっていましたが、ありがたいことに「カフェイン摂取を避けて、お茶を飲むのを諦めていましたが、数年ぶりに緑茶のおいしさを味わえました」といった声をいただくことができました。
また、2015年に『キリン カフェインゼロ生茶』へリニューアルした時に妻が妊娠していたのですが、「お茶が飲めないのがつらい」と言っていて。その時、この商品ができたことをとても喜んでくれたのが嬉しかったですね。分娩室にも『キリン カフェインゼロ 生茶』を持っていきましたから(笑)。
そうやって、この商品の需要を身近で感じられたのはすごく大きかったなと思います。ただ、飲料業界は入れ替わりの波が激しくて、1000個の商品を出しても生き残れる商品は3つしかないと言われています。
実際、私が最初に開発に携わった『キリン やわらか生茶』も予定販売数量は達成したものの、翌年には市場から姿を消しました。
―時間をかけて開発した商品が販売されても、短期間で製造中止になってしまうことが珍しくないんですね。
塩野:そうですね。研究者は「新しい商品を世に出したい」という気持ちで開発に取り組んでいますが、時には発売されることがゴールになってしまい、その商品を残すことよりも次の開発に意識が向いてしまうこともあるように感じます。
私は、入社してから5年くらい商品を出せない時代を過ごしていて、ようやく販売された商品もすぐに市場から消えてしまいました。これだけ時間をかけ、想いを込めてもすぐになくなってしまう状況にはもどかしさがあって…。
そのため、『キリン カフェインゼロ生茶』が出たときには「市場に残す」という意識を強く持っていました。自分の妻の反応や、妊産婦関連の学会や展示会で実施したサンプリングでの反応から、需要があることは認識していましたし、当時はキリンだけがカフェインゼロの緑茶を販売していたので、我々が作るのをやめたら困る人もいるだろうなと思っていたんです。
―『キリン カフェインゼロ生茶』を市場に残すために、塩野さんはどんなことをされたのですか?
塩野:技術を社内外に広める活動をはじめました。『キリン カフェインゼロ生茶』の場合、広告費を十分にかけられなかったので、自分たちで商品の認知を広めるためには、別のアプローチが必要でした。なので、学会発表や論文投稿を通して、この商品の魅力と技術の高さを届けていこうと思ったんです。
―商品を置いてもらえる棚を増やすといった営業的なアプローチではなく、技術の高さや商品の革新性から商品価値を高めていこうと。
塩野:そうですね。そうした活動によって技術的な成果が評価され、さまざまな技術賞をいただきました。その積み重ねで、2021年には紫綬褒章を受章できたんです。
―すごいですね!紫綬褒章の受章後の周囲の反応はどうでしたか?
塩野:たくさんお祝いの言葉をいただきました。嬉しかったのと同時に、周囲に対する影響はまだそこまで感じていないのが現実です。社内に目を移すと、まだ新しい技術や価値への挑戦を増やしていこうという流れにはつながっていっていないことに課題も感じました。
そういった意味で、私がやったことはまだ小さな市場に留まっており、周囲の人が「自分も挑戦してみよう」と思えるような影響を及ぼすことが私の役割だと感じています。
そのためには、カフェインゼロという価値に限らず、新しい技術価値を持った商品によって市場が広がっていく事例を作ることができれば、周囲の意識も変わると思っています。
塩野さんと一緒に研究開発に取り組むメンバーに集まってもらいました。
―塩野さんは、社内で「創発活動」という取り組みをされていると伺いました。これは具体的にどんな活動なのでしょうか?
塩野:創発活動というのは、業務外での研究やアイデア創出などを目的とした活動です。キリンには「10%ルール」という文化があって、業務の10%は新しいことをする時間に使っていいことになっています。
実際には、日々の業務が忙しくて時間をとれていないので、「創発活動」という仕組みを作ることで、新しいアイデアを創出する時間を作れればと思っています。やはり、新しいアイデアは若い人の発想が大事だと思うので、そのためにもっと自由に考える時間を作りたくて。
今の若い世代の人たちは、自分たちの頃と比べて、ある面では確実に能力が上がっているように感じます。プレゼンは抜群にうまいですし、課題がどこにあるかということをきちんと考えられますから。
一方で、情報が過多になりすぎているせいなのか、何事に対しても正解を探しにいってしまう傾向があるように感じています。ただ、我々が挑戦したい新しいことにはまだ正解がないんですよ。
―誰も挑戦していないことだから、まだ正解も不正解もないと。
塩野:そうなんです。なので、正解のないなかで自由に発想してもらうのは、とても大事なんですよね。若い人たちの斬新な発想をもっと活かして、お客様にとって価値のある技術や商品を創り、それが大きな市場になっていってほしいと思っています。
そうなった時には、「新しいことに挑戦する価値」が評価されるようになるだろうし、その挑戦を応援しようという動きがもっと強くなっていけば、社内のみならず、この社会全体を元気にできるのではないかと。そういった大きな成果をぜひ、若い人には目指してほしくて創発活動をはじめました。
実は、以前いた部署でも同じような仕組みを導入したことがあって、その部署ではこの活動を続けている中で副次的な効果も出てきました。普段はチームのリーダーとして働いている人も手を動かすようになったんですよね。リーダーも、もともとは研究者や技術者なので、昔の感覚が蘇って生き生きしてきて、それが若い人たちにとっても刺激になりました。
―それは、お互いにとってすごくいい時間ですね!
塩野:そうですね。その時は、定期的に発表会を実施し、優秀なアイデアには予算もリソースもあてて、実際の研究テーマにしていました。そうやって、自分たちのアイデアが研究テーマや商品に繋がると思うと、若手にとってはモチベーションになりますよね。
ただし、この取り組みにはアイデアの良し悪しを判断する、評価する側の力もすごく求められるんです。「よくわからないけど、もしかしたら面白いかもしれない」と思えるかどうかが大事なんですよね。
いいアイデアが出てこなかったのか、こちらが拾えなかっただけなのかって、両方の可能性があると思うんです。だから、評価する私たちも本気で向き合っていくことはもちろん、常にいろんな情報にアンテナを張っておかないといけないと思っています。
できるだけアイデアを拾える組織でありたいですし、そういう目を持った人が育つようにいろんなアイデアを面白いと思える風土をきちんと根付かせていきたいなと思っています。
―とても熱心に次世代のことを考えてらっしゃるんですね。
塩野:私がカフェインクリア製法の開発をしていたときにも、先輩に背中を押してもらったんです。部長会議に出させてもらって、熱意が伝わり、設備投資の承認をもらったりして。だから、自分も若い人のやりたいことを実現する後押しをしたいと自然に思うようになりました。
もちろん、自分自身もチャレンジは続けていますが、より可能性がある人がいるならサポートしたいという想いが強いですね。キリン社内に「チャレンジをすることで事業や市場が大きくなった」という事例を作ることで、チャレンジ精神が風土や文化として根付いていくと思っています。
研究チームでの試飲実験の様子
―塩野さんは、キリンがどういう会社になっていけばいいと思っていますか?
塩野:やはり、キリンでなければ作れない商品をどんどん出せる会社になっていくといいですね。そういう商品を通じて、お客様にとってもかけがえのない存在というか、キリンがあることで生活が豊かになっていると思ってもらえるような会社でありたいなと思います。そのためには、会社がどんどん新しい挑戦を推奨して、お客様のよろこびにつながる商品を出し続けていくんだという姿勢が必要です。
たくさんのキリン社員がチャレンジできて、その挑戦から生まれた価値が次々とお客様のよろこびにつながるようになれば、お客様にとってキリンがなくてはならない存在になると考えています。
―この『わたしとキリン』という企画では、熱意、誠意、多様性というキリン全体の価値観に加えて、社員さんそれぞれが大事にされている“第4の価値観”を伺っています。塩野さんの“第4の価値観”とは、どんなものですか?
塩野:私は“繋がり”をとても意識しています。具体的には3つの“繋がり”があって、1つ目は技術と市場を結びつける繋がりです。これは、イノベーションの定義として使われる「新結合」と呼ばれるもので、ある分野の技術を別の分野に転用するという繋がりです。
我々が開発したカフェインクリア製法も、もともとは油脂の精製で使っていた技術を、飲料に応用したものでした。私がゼロから見つけたものではなく、別の分野の技術を応用することで新しい製法が生まれたんです。
2つ目は、経験の繋がりです。入社当初、私は麹菌を使った素材開発をしていたんですけど、結局世の中には出せませんでした。ですが、キリンビバレッジに異動してから麹菌の知見が役立って、『キリン 生茶 香ばし米麹ブレンド』や『キリン にっぽん米茶』の開発に繋がったんです。そのときに、過去の経験は、上手くいかなかったとしても無駄にはならないと思いました。
3つ目は、人との繋がりです。先ほども話したように、私は上司や先輩はもちろん、同僚や後輩、社外の人にもすごく助けられてきました。思い返してみると、人との繋がりで上手くいくかどうかが決まる場面があったと感じています。若者をサポートする上でも、繋がりは大事にしていきたいと思っています。
―そういった繋がりを大切にしながら、今後はどのような仕事をしていきたいと考えていますか?
塩野:やはり新しい市場を作っていきたいですし、それがお客様の新しい習慣に繋がるような商品開発をしていきたいですね。
もともと、カフェインクリア製法も「カフェインコントロールライフ」というコンセプトで開発を進めていました。それはカフェインゼロの商品だけで完結するわけじゃなくて、カフェインを摂りたい時と摂りたくない時で商品を選べる世界を目指していたんです。
「朝はカフェイン入り、夜はカフェインゼロのお茶を」というように、シーンや体調に応じて調節したり、飲み分けたりするような、新しい習慣を作りたくて。そんなお客様の新しい習慣に繋がるような商品をこれからも作っていきたいと思います。