キリングループの歴史:世の中の「不」を解消しよう。ファンケルの原点と歩み
(公開日2025年4月7日)
無添加化粧品やサプリメントを自社で製造から販売まで行っているファンケルは、2019年からキリングループの一員になりました。
不安・不便・不満・・・「不」のつく言葉を世の中からなくしたいという想いで、創業から挑戦を続けてきたファンケル。創業のきっかけは、自分の妻や、妻と同じ悩みを持った世の中の女性を救いたい。創業者 池森賢二の正義感からでした。
ファンケルの原点となったできごとと、お客様に寄り添った日々の「不」の解消の歩みをご紹介します。
「久しぶりに家内の顔を見て驚いた。いったい何があったのかと」
池森は妻の顔を見て驚きました。仕事で多忙にしている間に、妻の顔はひどく肌が荒れていました。聞くと、これまで使っていた化粧品が肌に合わなくなってきたとのこと。
昭和50年代の日本では、「化粧品公害」が社会問題になっていました。化粧品は栄養分が豊富で傷みやすいため、防腐剤や酸化防止剤、殺菌剤などの添加物が入っていて、それが肌荒れの原因となっていました。
「化粧品は本来、肌を美しくするものなのに、こんなことがあっていいのか」
「ならば添加物を入れない化粧品にすれば・・・」
1980年、池森たった一人の挑戦が始まりました。
化粧品販売の経験がなかった池森は、無添加化粧品が完成するまでの間、知人の化粧品技術者が作っていた化粧品をテスト販売することにしました。最も効果的だったのは、新聞風のチラシ『素肌美ニュース』。池森が皮膚科医や化粧品技術者、専門書から得た知識を盛り込んだものでした。
その第1号を配布したのは1980年4月7日。息子の誕生日である吉日に、渾身のちらし800枚を横浜市の団地で配りました。
800枚を配り終え、帰る途中にお客様から注文が入ったことを聞き、自分がやってきたことに確証を得たこの日を、ファンケル創業の日、と定めました。その後も順調に売り上げを伸ばし、1981年8月にジャパンファインケミカル販売株式会社として会社組織を設立しました。
ファンケルの名前の由来は・・・?
創業の頃に化粧品の商品名を考えていた池森は、“精密化学”を意味するファインケミカルという言葉を思いつき、「ジャパンファインケミカル販売株式会社」としてスタートしましたが、池森自身、社名が堅すぎるとも感じていました。
そこで創業から1年後、今度は“愛らしい”を意味するファンシーとケミカルを足した「株式会社ファンケル」に社名変更します。
「ファンケル」という社名は、実は相対する2つの意味を持っているのです。
無添加化粧品が誕生するまでには、約2年の歳月がかかりました。最後の局面で、最低限の防腐剤としてパラベンだけをどうしても取り除くことができず、池森は思い悩んでいたのです。そんな時に決定的なアイデアがひらめきます。
「分量を少なくして、傷む前に使い切れるようにすればいいんだ!」
そこから5mLの小瓶(バイアル瓶)に入ったファンケルの無添加化粧品が誕生しました。しかし当初は「こんな薬瓶に入れた化粧品なんて売れるわけがない」という同業者の意見もありました。
ところが発売してみると「見た目がかわいい」「持ち運びに便利」と女性たちからは好評で、この小瓶入りの化粧品がファンケルの代名詞となっていきました。常識にとらわれず正義感を貫く。それこそがファンケルの原点です。
その後の研究開発により、無添加化粧品は10ml、30ml入りへと進化していきます。
不在時に受け取れないという通信販売の壁は、共働きが増える中、喫緊の課題でした。そこで1992年、従業員に1件1件マンションのポストのサイズを測るように指示し、3cm以内にすればポストに入ることを確かめました。荷物の厚さを3cm以内にすればいいのだ。まさに時代を読んだ常識にとらわれない不の解消です。
その後も、指定の場所に商品を届ける画期的な置き場所指定サービスが1997年に誕生しました。配達サービスのテストをした際、主婦の方から何気なく「自転車のカゴに入れておいてくれればいいのに」と言われたのが、お客様の指定場所に配送するといったアイデアのきっかけになりました。また不在時のみならず、在宅でも手が離せない、チャイムを押してほしくない、といったお客様にも喜ばれるサービスとなりました。
コロナ禍では重宝され現在では当たり前となった「置き配」も、それまで受領印をもらうことが常識だった業界で、不の解消の発想から始まったファンケルのサービスです。
こんなにある! ファンケルがはじめたこと
ファンケルでは世の中の「不」を解消したいと、不便なこと、不安に感じることなどを解消していくための様々な取り組みを行ってきました。そのほんの一部をご紹介します。
- 初めて無添加化粧品を発売
- 初めて化粧品サンプルを有料販売
- 初めて無添加のメイクアップ製品を開発
- 初めてサプリメントにアルミパッケージを採用
ファンケルが健康食品業界に進出する以前、健康食品はとても高額で、効果もわかりにくいものでした。
「サプリメントは毎日続けることで効果がでるもの」と考えた池森は、1993年にサプリメントの開発をスタートさせ、健康食品業界へ進出しました。当時の国内相場の1/3~1/5ほどの価格を実現させ、業界でも初となるアルミパッケージを採用します。
「健康食品 価格破壊宣言」と大きく打ち出した広告も話題となり、1994年4月に発売すると、注文が殺到しました。この広告の中で、ファンケルは『サプリメント』という呼称を使いました。現在では、『サプリメント』の呼称はあたりまえとなり、アルミパッケージも業界のスタンダードになりました。
2025年に創業45周年を迎えるファンケル。世の中にある「不」を見つけ、なくしていこうというファンケルの原点は、創業以来ずっと息づいています。